ムサビ通信とは
武蔵野美術大学の通信講座を受講されている方に配布される冊子です。
講師・原太一のインタビュー記事を「2021年5月号」に掲載していただきました。
生徒さんの中に通信を受講されている方がおられるので、お話を受けるかどうか迷った際に背中を押していただきました😄
講師・原太一のインタビュー記事を「2021年5月号」に掲載していただきました。
生徒さんの中に通信を受講されている方がおられるので、お話を受けるかどうか迷った際に背中を押していただきました😄
以下に記事を転載します。
Interview アートのチカラ
絵画のシリーズ化で、 表現を開く
画家 原 太一
擬人化したウサギの 「ギアス氏」と相棒の犬とが世界中を旅するシリーズで知られている原太一さん。 見る人を幻想的な世界へと誘うポップかつユーモラスな作品たちはどのように生まれてきたのだろうか。
これまでの歩みについて、アトリエで話をうかがった。
はらたいち 千葉県生まれ。2006年本学造形学部油絵学科卒業。’ 17年、日動画廊「第52回昭和会展」初入選。第93回「日白会展」初入選。 ’18年、「ザ・コンテスト・イン・ニューヨーク」にてグランプリ、’19年、「白日会第95回記念展」白日賞・大宥美術賞。その他、国内外のアートフェア、グループに多数参加。 21年から白日会会員。
たくさんイラストを描いて画風を確立できた
・絵の道を志したのは、なぜでしょうか。
原 画家である父の教育方針で、 粘土やお絵描きなど、 自分で何かをつくることが推奨される環境で育ちまし た。 そのおかげで幼い頃からものをつくる喜びを体感できたのですが、 その一方で普通の家庭への憧れも抱いていました。 そこで将来は背広を着たサラリーマンになろうと思い、 中学・高校は進学校に通いました。
しかし、 いざ卒業後の進路を決める段階になると、 やっぱり自分で何かをつくる仕事がしたいと思い直しました。 結果、父と同じ絵の道を選んだ私は、 ムサビに進むことに決めたんです。
学生時代は、どのように過ごしましたか。
原 苦悩の日々でしたね (笑)。 入学後は課題に加えて自主的な絵も描き、 制作漬けの日々を過ごしていたものの、実は何を描いたらいいのか分からなかったんです。抽象画を得意とする父に教えを乞い、 半具象の絵を描いたりもしたのですが、 自分の内面から出てきたものではないのでうまくいかず、 どんどん袋小路に入ってし まい・・・。
最終的には絵を描きたくなくなってしまいました。
そこで、自分からイメージを生み出す画家は諦めて、 依頼をもとに描くイラストレーターになろうと思ったんです。 すぐにペンタブレットを買ってきて、 Photoshopを使いながらイラストを描いてみると、 自分の中からたくさんのイメージが湧き上がってきて、最終的には自作のイラスト集が何冊もできていました。
そのうちに大学の課題でもイラスト風のポップなテイストが入ったイメージを自然と出せるようになり、 それが教授にも評価され、絵を描くことの苦痛が解消されていきました。 この時描いていたのは、犬を主人公として、メカやロボットなどSF的な要素を配置するポップな絵でした。 それ
までは美術史の文脈に沿って自分なりの表現を模索していたので、欲求にしたがって描いたポップな絵が評価されたことには、とても解放感を覚えました。 一度、イラストレーターを志したことで、 自分に向いている表現を耕すことができたのかもしれません。
その後、ポップな画風を武器に画家としての活動を始めるのですね。
原 はい。かねてから父に「美大を卒業しても、何十年 経っても作家として残っているのは数人だ」 と聞かされていたこともあり、 学生のうちから展示の機会を設ける必要性を感じていました。 そこで、 大学4年の時に、 銀座の貸し画廊で個展を開き、 画家としてデビューを果たしました。 大学卒業後は絵画教室の先生も始め、 常に絵と向き合うことになります。
しかし、しばらく経つと再び迷いの日々が訪れてしまいます。 定期的に展覧会の企画をしていただいていたので、 常に発表の機会はあったものの、 作品に確信を持てず、 「このままでいいのだろうか」 という漠然とした不安が拭えませんでした。 そんな折に学生時代から継続して描いていた愛犬も亡くなってしまい・・。 絵画教室で教鞭をとる一方で、
画家としての制作には全く身が入らない状態になってしまったんです。
そんな状況を打破するきっかけとなったのは、あるモ チーフとの出会いでした。
それはどんなモチーフですか。
原 ウサギのモチーフです。 絵画教室の生徒さんに 「月 うさぎ」 というバーを経営している方がいて、ある時、 そのお店で教室の発表展をやることになりました。 展示に向けてDM用に酒飲みのウサギを描いたところ、ウ サギを主人公に据えた絵のイメージがたくさん浮かび上がってきたんです。 ウサギのモチーフに可能性を感じた私は、 2017年に 「未明の出発」
(右上) という作品を つくりました。 絵の中には、 行き先も分からないまま筏に乗って出発していくウサギの姿が描かれているのです が、 「結果は分からないけれども、「とにかくやるしかない」 という状況は当時の私が置かれた立場とそっくりで した。 自分自身が追い詰められた姿が正直に表れた絵 が、 作家としてのターニングポイントとなったのです。
この作品を日動画廊主催の「第52回昭和会展」 に応募したところ入選し、勢いをつけて翌年応募した際にニューヨーク賞を受賞でき、 このことをきっかけに、 台湾のアートフェアに参加したり、 ニューヨークで個展をしたりと、 画家としての活動が大きく広がっていきました。
常に新しいものを取り入れ続ける
ウサギのモチーフは、「ギアス氏と相棒の犬の旅」 としてシリーズ化し、現在も制作を続けていますね。
原 そうですね。 シリーズ化することによって、決まった枠の中で実験ができるので、制作が楽になりました。 また、 多くの絵に同じ主人公が登場するので、 絵と絵が繋がって一連の物語とすることもできます。 これには、 制作上のメリットもあり、 作品同士の繋がりから、 新しい作品のアイデアが生まれることも多いんです。 一方で、 シリーズ化にはマンネリの危険性もあります。
主人公の存在感に頼りすぎると、 一気に面白さがなくなってしまうこともあります。 なので、 使ったことのない色や技法を使ってみたり、 変わった構図を試してみたりと常に新しいものを取り入れ続ける必要があります。 たくさんの作品を見て、 素晴らしい作品に出会った時には、それを自分なりに解釈して取り入れるようにしています。 例えば現在、制作中の作品では、 昨年、
東京国立近代美術館で個展を観たピータードイグの手法もヒントにしています。 また、作品のテーマには新型コロナ ウイルスの流行やアメリカの景気低迷など社会的なことから、 旅先で見た景色や美味しかった食事などの個人的な感情まで、その時々に自分が感じたリアルを入れ込んでいます。 作品で伝えられるのは、 自分が感じたことだけです。ですから、嘘は描かないように心がけています。
今後の展望についてお聞かせください。
原 画家の活動は、 作品を見てもらうことから始まりま す。 自分の作品を冷静に見つめ直すことは、 展覧会でしかできません。 そしてお客さんからいただく様々な意見には、制作のヒントが詰まっています。 コロナ禍である現在は開催が難しい状況ではありますが、 一つひとつの展覧会を、 しっかりやり切りたいと思っています。
information
「第58回太陽展5月26日(水) ~ 6月8日(火) 日動画廊東京・銀座